事項別名言・名句集(Categories by Topics)

愛 LOVE


「『すべての人を愛している』と言う人は、人を個人的に愛することの責任逃れの口実を言っているにすぎない。」(C・S・ルイス)

「人間の苦しみと愛の神の存在とを矛盾なく理解しようという問題は、私たちが愛という語に通り一遍の意味を付している限り、つまり人間こそが全ての中心であるかのように思いなす限り解決できないのです。人間は中心ではありません。神は人間のために存在したものではないし、人間もまた、人間自らのために存在するのではないのです。」 (C・S・ルイス)

「神に対するわわれわれの愛について考えるよりも、われわれに対する神の愛を考えた方が安全である。四六時中敬虔な感情を持ち続けることは、だれにもできることではない。仮にできたとしても、神の主要な関心はそのような感情には向けられてはいない。」(C・S・ルイス)

「試練というものは、神が私たちを見捨てられたことではない。そういうことでは決してない。それは私たちを引き戻される神の愛である。」(C・S・ルイス)

「これは、愛すべき点を一つも持たない人々をも愛することを意味する。だが、そう言えば、われわれ自身何か愛すべきところがあるだろうか。ただ自分が可愛いから、自分を愛しているのではないか。神はわれわれに、自分だけでなくすべての人間を、同じように、同じ理由から、愛するように求めたもう ... それは神が私たちを愛する愛し方である... 神がわたしたちを愛したもうのは、われわれに何かよいところとか魅力的なところとかがあるからではなく(自分ではあると思っているかもしれないが)、ただわれわれが魂をもったそんざいであるからである。われわれに愛すべきところなどあろうはずはない。人を憎むことに喜びを感じ、その喜びを断念するのは酒や煙草をやめるほどつらい-これがわれわれのけちな根性なのだから。」 (C・S・ルイス)

「人の霊的健康は、正確に神に対する彼の愛に比例します。」(C・S・ルイス)

悪魔 DEVIL

「神が神であるのは、人の善いことを思って悪いことを思わないからである。悪魔が悪魔であるのは、人の悪いことだけを思って人の善いことを思うことができないからである。」(C・S・ルイス)

「悲観的な心配と絶え間ない悩みの創始者である悪魔は、神 のみことばの前から逃げ出すとほぼ同じように、音楽の響きの前から逃げ出す。 」(マルティン・ルター)

「賛美歌を歌おう、そして悪魔を退散させよう。」マルティン・ルター

「悪魔は吾がペンを恐れる。」(C・S・ルイス)

「音楽は神から与えられた最も美しくすばらしい贈り物のひとつです。サタンは音楽を嫌います。音楽は、誘惑と悪しき思いを追い払う大きな力をもっているからです。悪魔はこのような音楽(賛美)を受け入れません。音楽は悲しんでいる心への最良の香油です。心に満足を与え、生気を与え、心を生き返らせるのです。音楽は神学と並んで、神の与えられた栄光の贈り物です。私はこの世の何ものをもってしても、この小さな贈り物と他のものと交換することを望みません。私たちは青年にこの芸術をもつと教えるべきです。」マルティン・ルター

「神は世のすべてのもののために「時」を定められました。それぞれに完全な絶対の時を定められました。全世界その敵で、激しく攻撃します。悪魔は小さい貧弱な砂時計に矢を射かけてきます。しかし、その攻撃は失敗します。なぜならすべてはその「時」にかかっているからです。その「時」がきて、砂ができってしまうまでは、悪魔も世も何一つできません。」(C・S・ルイス)

「悪魔の友となることは、悪魔の敵であることよりも、危険である。」(ギルバート・ケイス・チェスタートン

「悪魔は神のみことばに対して疑いを起こさせ、御子の信用を傷つけることをいつも仕事にしている。」(国際ナビゲーター)

「サタンは最善のものを約束し、最悪のものを支払う。彼は生まれながらの偽り者である。愚かなものは彼に欺かれる。約束された冠は首吊りの縄となり、安らぎは苦悩に変わり、誉れは恥となり、天国は地獄となる。」(国際ナビゲーター)


イエス・キリスト JESUS CHRIST


「実に欲しいものはこの信仰である。イエス・キリストと彼の十字架のほかに、社会事業もわが道徳もいらないという信仰である。」(内村鑑三)

「私の運命を定める者は、私のために自己を棄てられた私の救い主イエス・キリストである。彼は私のために場所を備えるために父のもとに行かれた。彼はまた来て、あなたがたを私のもとに迎えると約束なさった。」(内村鑑三)

「絶対的真理は主イエス・キリストである。彼においてこれを求めないで宇宙においてこれを探ろうと思うために、世は永久に真理を見いだすことができないのである。」(内村鑑三)


怒り ANGER


「冷静を保て。怒りは議論ではない。」(ダニエル・ウェブスター

「苦痛は人生の一部で誰にでも来ます。大切なことは私たちがそれにどう反応するかです。怒りと反感の中で神を見捨てるか、信頼と確信の中で神に近づくかです。」(ビリー・グラハム)

「怒りっぽい人は他人を罰するよりも、むしろ自分を罰する方が多いものである。」(新島襄)


祈り PRAYER


「神よ、わたしの祈りは、偽りのわたしから流れ出ます。しかし、あなたの答えのみが、わたしを本当のわたしにしてくださるでしょう。」(ジョージ・マクドナルド)

「神は祈りなしでもわたしたちにすべてのものを与えることがおできになるが、子がひざまずいて祈るように、人間が乞い求めるように、賜物を留保なさることがある。」(ジョージ・マクドナルド)

「間違ったものを求める者の祈りも、ときとして聞かれることがある。パンを求める子に、父なる神が石をお与えになることはない。しかし石を求める子に石をお与えになることがけっしてないとはいいきれない。」(ジョージ・マクドナルド)

「あらゆる神の働きは、信仰の祈りの応答としてなされる。」 (ジョン・ウェスレー)

「聖書は祈りの歴史であり、祈りが答えられた記録。」(賀川豊彦)

「祈りと信仰によって、必要なすべての恵み、知恵、そして技能を神からいただくことのできる私たちが、悪いしもべ、悪い商人、悪い主人であるなどということは、決してあってはならない。」(ジョージ・ミュラー)
 
「祈りによって、繰り返し自分の内的腐敗を神の御前に差し出さないなら、どのような人であっても勝利を得られると考えてはならない。」(ジョージ・ミュラー)

「祈る時、自分の思い、願望、欲求を取りのぞいてごらん。それで80%方解決。主のご計画が見えてきます。」(ジョージ・ミュラー)

「私が雄弁で、神学的な用語で神様に祈るのではなく、ただ黙って、上を仰ぎ見、神様が私に話す時まで待つと、神様は私が鉛筆とノートで書かなければならないほど、私の心に力強く語られます。 」(A・W・トウザー)

「今日私たちがキリスト者であるということは次の二つのあり方の中でのみ成り立つ。即ち祈ることと人々の間で正義を行なうことである。」(ディートリッヒ・ボンヘッファー)

「天の御国が来ますようにと私たちが祈る前に、私の王国は消え去るようにと祈らなければなりません。」(アラン・レッドパス)

「聖書の最も素晴らしいことは、喜んで祈る者に答えることで、求めることを満たす神様を明らかにするということです。」(ジョン・パイパー)

「祈りとは、神の御言葉に従おうとして従えない自分自身の心の叫びである。」(榎本保郎)

「他人のために祈るというのはキリスト教の特色である。」(榎本保郎)

「ぼくの唇は祈るためにあるのや。」(榎本保郎)

「自らがキリストのかたちに変えられていくを求める祈りよりも、まわりの困難が取り去られることを祈る祈りが、大部分を占めていないだろうか。」(井戸垣彰)

「神様に恵まれる生活をしたいですか。敬虔で、献身的なクリスチャンになりたいですか。だったら次のように問いかけます。あなたは神様に祈る生活をしていますか。」(ジョン・チャールズ・ライリー)

「荒波は私たちに祈ることを教えます。祈りは自分自身の弱さの表れですが、同時に力強く全能なる神様に頼らせるものでもあります。」(トーマス・チャンプネス)

「祈りとはただ神のみ前にあること。たましいが愛のみにみたされることです。」(ブラザー・ローレンス)

「祈りは神様に心を開いて、空いている私たちの魂を神様で満たす手段です。」(ジョン・バニヤン)

「人生に打たれて膝をついたのなら、祈るのにちょうどよい姿勢だ。」(デイリーブレッド)

「どんな言葉で祈るかではなく、どんな心で祈るかが問題だ。」(デイリーブレッド)



神 GOD


「神はわれわれの楽しみの中でささやかれ、われわれの良心に語られる。しかし、われわれの痛みの中で叫ばれる。痛みは耳が不自由な世界の人々を覚醒させるメガホン(拡声器)である。」(C・S・ルイス)

「神に出会う時、わたしたちはあらゆる点でわれわれよりも無限に優越しているものに直面することになる。神をそのようなものとして理解しない限り――したがって、これと比べれば自分は無に等しいと考えない限り、神を知ったことには全然ならない。われわれは、倣慢である間は、決して神を知ることができない。倣慢な人はいつも事物や人びとを見下している。見下している限り、自分の上にあるものが目に入らないのは当たり前である。」(C・S・ルイス)

「神に対するわわれわれの愛について考えるよりも、われわれに対する神の愛を考えた方が安全である。四六時中敬虔な感情を持ち続けることは、だれにもできることではない。仮にできたとしても、神の主要な関心はそのような感情には向けられてはいない。」 (C・S・ルイス)

「神が人となった。これはひとつの『宗教』でもなく、またひとつの『哲学』でもない。それは、これらすべてをまとめあげて実象とするものなのである。」(C・S・ルイス)

「神の仕事は、私たちにとっては痛みを伴う体験となり得ます。しかし、神の最終ゴールは、私たちをより良い者に造り変えることです。 自分のことを生ける家だと考えてください。神がその家をリフォームするために入って来られます。最初は恐らく、神が何をしようとしておられるか、理解することができるでしょう。神は排水管を修理したり、屋根の雨漏りを止めたりなさいます。このような作業は当然のことですから、その段階では驚くことはありません。 ところが、神は家のあちこちを叩たたき壊し始めます。それが痛いのです。いったい何が起こっているのかと私たちは考えますが、神は私たちが想像もしなかったような新しい家を建てようとしておられるのです。新しい部屋が付け加えられたり、家の階数が増えたり、塔とうが建ったり、中庭が造られたりしていきます。 自分では、すてきな小邸宅が出来上がるのだろうと予想していたのですが、神はそれを王宮に作り変えようとしておられるのです。神はその王宮に来て、ご自身がそこに住まおうとされているのです。」(C・S・ルイス)

「神は私たちがご自分のものになるまで、私たちを祝福することができません。自分自身のものである領域を保持し続けようとするなら、死の領域を保とうとしているようなものです。それが理由で神は愛の内に、あなたのすべてを要求されるのです。神と駆け引きすることなどできません。」(C・S・ルイス)

「神は、待つことが本人のためになるからこそ待たせなさるのであって、そうでなければ決して待たせたもうことはない。」(C・S・ルイス)

神に依り頼んで恥辱を受けたことはない。」(内村鑑三)

「頼るべきは神であり、人ではない。人に依れば失望が絶えず、候伯に頼むと恥辱が多い。」(内村鑑三)

「神は愛である、したがって神が私たちにお与え下さる最大の恩賜は愛である。」(内村鑑三)

「永遠から永遠に至るまで私の所有できるものは神である。」(内村鑑三)

「神の事を知らんと欲せば、ことに神の心を知らんと欲せば、神の霊によるよりほかに道はありません。」(内村鑑三)

「神が神であるのは、人の善いことを思って悪いことを思わないからである。悪魔が悪魔であるのは、人の悪いことだけを思って人の善いことを思うことができないからである。」(内村鑑三)

「神は私のすべてである。神を失って私は私のすべてを失うのである。」(内村鑑三)

「神は己に関する人の詮索を恐れて彼から信仰を要求なさるのではない。至誠なる神は人が至誠をもって彼に近づくのでなければ、その人を恵むことができないからである。」(内村鑑三)

「神は一つである、だから彼は単純である。……。清い心をもってすれば、何びとにも理解できるものであるに相違ない。」(内村鑑三)

「神は形をもちたまわない。私たちは神を見ることはできない。しかし、神の成したまえる御業により、神は永遠で、全知、全能、遍在なるお方であることを知ることができる。」(ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン)

「神は、弱くて彼に頼るのに十分弱い人を用いてくださいます。」(ハドソン・テーラー)

「神は生きておられます。聖書の中で語られたように、神は話したことを行い、約束したことをすべて行います。」(ハドソン・テーラー)

「私たちが求めるべきことは、神が私たちに与えてくださるものではなく、神ご自身です。」(ジョージ・マクドナルド)

「神に関して何を信じているかということが私たちにとって最も重要なことである。」(A・W・トウザー

「神は自分の願う結果を成し遂げるためには、自分が願わないことを行うのもいとわない。」(ジョニー・エリクソン・タダ)

「神は無から世界を創造された。だから私達は無にならなければ、神の創造の業を見ることは出来ない。」(マーティン・ルター)

「神は私達に価値があるので愛されるのではない。神が私達を愛しているゆえに私達に価値があるのだ。」
(マーティン・ルター)

「あなたの心を神に向かって健全なものにしなさい。神の中に、そして神のみにあなたの幸福を捜し求めなさい。塵に固着しないように気をつけなさい。此の地上はあなたの場所ではない。此の地上を乱用しないで使うように注意しなさい。此の世を使って、そして神を楽しみなさい。」 (ジョン・ウェスレー)

「神はわれわれを愛されました。神はわれわれを愛されました。なぜなら、神が愛そうと思われたからです。」 (ジョン・ウェスレー)

「神は常にご自分に選択の余地を与える者に神の最善のものを与えられる。」(ジム・エリオット)

「神は、無限で、測り知れない方で、その方のなさることを私たちは頭で理解することなど出来ません。私たちにできることは、その方を信頼することだけです。」(エリサベス・エリオット)

「神としての必要な特質の一つは絶対といふことである。」(矢内原忠雄)

「神が造られたこの世界にあって、神を見せてくれ、そうしたら信じようという人は、赤ん坊が母の胎内にあって、母を見せてください、そうしたら私は母の存在を信じようというのに等しい。」(賀川豊彦)

「人が神を知らないことは悪いことであるが、何よりも悪いことは、神にあらざるものを、神と認めることである。」(ラクティンティウス)

「神があるというほうを表にとって、損得を計ってみよう。次の二つの場合を見積もってみよう。もし君が勝てば、君は全部もうける。もし君が負けても、何も損しない。それだから、ためらわずに、神があると賭けたまえ。」(ブレーズ・パスカル)

「神よ、あなたは私たちをあなたに向けて造られたので、私の心はあなたのもとに憩うまで、安らぎを覚えることがありません。」(アウグスティヌス)

「絶対者なる神以外、何ものも人間に本質的な充足を与えることはできない。」(アウグスティヌス)

「『神とは何か?』と地に尋ねると、地は『私は神ではない』と答えた。そして地上のあらゆるものからも、同じ答が返ってきた。海とその深みと地を這うものたちに尋ねると、彼らは答えた。『我々は神ではない。もっと高いところをお探しなさい。』 そこで天と太陽と月と星に尋ねたが、彼らはこう答えた。『我々もあなたが探している神ではない。』 それで私は、数々の良識の門口にたむろしているものたち全員に言った。『神について教えておくれ。』 すると彼らは叫んだ。『我々を造られた方だ。』 なるほど、彼らの美しさを見れば、その答は明白だった。私が宇宙の全構造に神について尋ねると、それはこう答えた。『私は神ではない。神は我々を造られた方だ。』」

「神は、ご自身の祝福を、私たちがそれを受けたいと願う以上の熱心を持って、与えたいと思っておられる。」(アウグスティヌス)

「あなたに神しかいない場合、神にあるすべてを見てください。あなたがすべてを持っている場合、そのすべてにある神を見てください。どんな境遇であれ、ただ神だけがあなたの心におられるようにしてください。」(チャールズ・ハッドン・スポルジョン)

「神の最大の関心事は人の完成である。聖書の記録の大部分は、神が人をどのように取り扱われたかということに関係している。」(沢村五郎)

「神は愛です。したがって愛しなさい。差別せず、計算せず、躊躇せずに愛しなさい。」(ヘンリー・ドラモンド)

「神が喜ばれるのは、おそらく神へのひたすらな憧れと、神に向かって手をさしのべることだけであろう。」(カール・ヒルティ)

「神から遠ざかることは、われわれが出会う唯一つの大きな不幸である。しかし、これはわれわれの意志なしには決して起こりえない。」(カール・ヒルティ)

「神にあっては失望などありません。莫大な経費がいる時も、山のような困難も、また、万策つきて行き詰ったようでも、なお、なすべきことがあります。神に望みをおくことです。」(ジョージ・ミュラー)

「神は説明しない。神は激情に駆られ、ヨブにわたしを誰と思うのかと尋ねている。ヨブが説明してほしいことを説明するのは、ちっぽけなハマグリにアインシュタインを説明しようとするようなものだと言う。・・・神はその大きな計画をあらわにしない。神はご自身を現すのである。」(フレデリック・ビュークナー

「『神を信じて何になるのか?』と言う人々は、なぜ神はもっと直接的に、もっと力をもって介入しないのかと問うていることがしばしばである。…なぜ神は人間の歴史の中で、もっと積極的な役割を演じないのだろうか。考えられる理由がいくつかある。旧約聖書によると、神は過去に実際、積極的に力を用いたことがあった。しかし、それによっても、イスラエルの民に永続的な信仰を生み出すことはできなかったのだ。そして、地上の強国が学んだように、力と自由は不安定な関係にあり、どちらか一方を強調すると、必ずもう一方が弱くなってしまう。神は一貫して、人間の自由を大切にされる。しかし、結局、私たちには確かな答えはなく、ただ神の究極的なご計画を一瞬垣間見るだけである。どういうわけか、神は主として私たちのような普通の人間を通して、ご自分を現される。…『神など信じて何になるのか?』という未解決の質問の答えは、ご自分の弟子である私たちに委ねられた。注目している世界に、信仰の意味を証明するよう『私たちに』求めておられるのだ。」(フィリップ・ヤンシー)

「神は決して脅さず、サタンは決して警告しない。」(オズワルド・チェンバーズ)

「神様は不可能なことを行うとき、それができない人を選んで、彼を驚がくさせます。」(アラン・レッドパス)

「神のことを黙想することほど、人間の思いを謙遜にさせるものはありません。・・・神を思うことは、心を謙遜にさせるだけでなく、心を広大にするものです。」(J・I・パッカー)

「神は、ご自分のひとり子を見捨てても、あなたを見放すことはない。」(マックス・ルケード)

「神様は私たちをありのままで受け入れ、愛しておられます。しかし、ありのままで放っておくことはなさいません。なぜなら、神様は私たちが変わることを望んでおられるからです。」(マックス・ルケード)

「神は光、奇跡は影のようなものです。影を追いかけても、決してそれに追いつくことはできず、むしろそれは消えてなくなってしまうかもしれません。光に向かって歩くなら、影は常にあなたの後からついてくるでしょう。その時こそ人の心は、喜びつつこのように歌うのです。『私の生きている限りは、必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。』 」(ラビ・ゼカリアス

「神は、神を信じる人々にキリストに似た者となってもらいたいのです。キリストに似ることは、神が神を信じる人々に願っていることです。」(ジョン・R・W・ストット

「神の力にとって大きすぎるものはなく、神の愛にとって小さすぎるものはない。」(ジョナサン・ゴーフォース

「自分を助ける方が全能の神であることを覚えている人は決して絶望することはありません。」(ジェレミー・テーラー)

「神は人間が作った時計の奴隷ではない。」(チャールズ・スウィンドル

「神から大いなることを期待して、神のために大いなることを企てよ。」(ウィリアム・ケアリ)

「神が私たちにおいて最も大きなご栄光をお受けになるのは、私たちが神において最も満ち足りているときである。」(ジョン・パイパー)

「神を廃止すると、政府が神になる。」(ギルバート・ケイス・チェスタートン

「神の謎かけは、人間の策よりも、満足が行く。」ギルバート・ケイス・チェスタートン

「『真の神』が発見されない限り、人間や民族や国家の神聖化は後を絶たないだろう。」(南原繁)

「私は聖書を置いて、あたりに目をやってみた。そして、このように自問した。私を作ったのは誰か、私の両親か? そうではない。それは私の神だ。神が私の両親を作り、そして、両親を通して私を作られたのだ。私の机を作ったのは誰か? 大工か? そうではない。それも私の神だ、神が地上に木を生えさせられたのだ。大工がこの机を作ったのではあるが、それは実際には木から来たのだ。そうであるなら、私は神に感謝し神を信じ、神に対して心正しい人にならなくてはならぬ。」(新島襄)

「私たちを造られた神様は私たちを新しく造りかえることができます。」(ウッドロウ・クロール

「神は初めから終わりまでご存じだから、どのプロセスにいても信頼できる。」(デイリーブレッド)

 



 














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