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★MGF牧仕・スタッフ紹介(Pastor-Servant & Staff)

 
 

<牧 仕 Pastor-Servant

 

菊地 一徳 Kazunari Kikuchi

 

 静岡県三島市出身。

 

 通称:「カズ」(Kaz)。自称「キリスト・バカ」。

 

 1日3食ラーメンの”食い改め”ができるラーメン・フリークを自称するも最近メタボが気になる40代。牧会ファッションは、ジーンズ、夏はアロハ。幼児期は日本基督教団、少年期はスウェーデン・ミッション系の東洋福音教団、青年期は米国カルバリー・チャペル(無教派)という教会遍歴を持つ。両親は現在同盟キリスト教団の教会に通う。

 

 表向きは進学校の高校生でも、裏では三度の飯よりもストリート・ファイトが大好きな自称「喧嘩屋」で、暴走族だろうと暴力団員だろうと相手構わず見境なしに暴れまわっていた。そんな捨て鉢な気持ちで生きていた十代の頃、落ちるところまで落ちたところで、幼少期から教会で聞き及んでいたイエス・キリストについにハートを奪われ、罪を悔い改めてそのまま献身を決意。

 

クリスチャン画家か? クリスチャン・ラーメン店主か? 迷った挙句、尊敬する宣教師のすすめで、1990年、超教派国際宣教団体OMオペレーション・モービライゼーション)の福音宣教船ドゥロス号(ギリシャ語で「しもべ」の意。クリスチャンの奴隷船?2009年に廃船)に乗船。主に東南アジア諸国で短期宣教活動に従事。帰国後、長野市にてOM日本事務局開設スタッフとなり、世界宣教のチャンレンジと宣教師のリクルート活動をしながら日本全国の教会、キリスト教団体、神学校を巡る。ドゥロス号初来航(長崎、神戸、鹿児島寄港)の際には世話役を務める。

 

1992年、初来日したカルバリー・チャペルの創立者チャック・スミス牧師との出会いを機に、聖書をフルタイムで学ぶことを決意。翌年渡米し、カリフォルニアのカルバリー・チャペル・バイブル・カレッジ本校(学長:チャック・スミス牧師)にて学ぶ。卒業後、牧師インターンを経て、1997年に有基子と結婚。同年帰国後、長野市の単立「グレイス・チャペル」の牧師に招聘される。当初は市内の結婚式場を借りてスタート。1999年、長野市に隣接する上水内郡牟礼村(現飯綱町)の米国人宣教師が開拓した単立「牟礼聖書教会」と合併し、日本人牧師として按手を受け、拠点を牟礼村に移す。2004年、宣教師の異動に伴い、「牟礼聖書教会」を一旦解散し、新たに単立キリスト教会「マラナサ・グレイス・フェローシップ」(MGF)を設立。2009年、もはや小屋のような会堂では収容不能となり、長野市にある長野クリスチャン・センター内に移転。現在市内に会堂建設を計画中。

 

MGFでは牧師のことを敢えて「牧仕」と言い表す。牧仕は、神と教会に仕える者だからだ(Ⅱコリント1:24Ⅱコリント4:5;  コロサイ1:25)。大牧者のイエスも人に仕えられるためではなく、仕えるために来られた(マタイ20:28Ⅰペテロ5:2,3)。明治時代、気骨のある牧師は「先生」と呼ばれることを嫌っただけではなく、呼ばせなかったと言う。彼らは「しもべ意識」が強かったので、周囲からは「おしもべさん」と呼ばれていた。牧師のギリシャ語は「ポイメーン」と言い、単に羊飼い、世話する者を指す。したがって、牧仕の主要な仕事は、羊の群れ(教会員)を御言葉によって養い、世話し、救い出し、いやし、回復させ、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物、つまり礼拝者・献身者として主に捧げることだ(ローマ12:1)。

 

「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました」(Ⅰコリント15:10)。

 

「『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。』ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。 しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです」(Ⅰテモテ1:15,16)。

 

参照)(ブログ記事から)

 

 私が最も尊敬する牧師はカルバリー・チャペルの創立者であるチャック・スミスである。
 
 「牧会を始めたとき、私は神に誓いを立てたことがありました。決して人に私の経済的な問題を打ち明けない。決して人にお金を要求したりしない。教会に献金するように要請したりしない。哀れみの献品なども受け取らない――。当時、私は決心してこう宣言しました。『主よ、お金のことを問題にしません。私の個人的必要を人に知らせたりいたしません。”ああ、私たちは今月厳しい試練に立たされています。子供たちにテニスシューズが必要だし・・・”といった神の備えに対して文句を言うようなまねはしません』。給与に不満を言って、自分の主人を侮辱するようなことを私はしませんでした。」(チャック・スミス著『収穫の時代』) 
 
 「神から呼ばれた自覚とともに必要なのが、心に決めて主に応答することです。牧師としての資質の中で、イエス・キリストの権威に対して、心に決めて応答することほど大切なものはありません。自分自身の野望や、欲求や、意志・意欲によっては決まらないのです。ただ神ご自身の意志によって決まるのです。私は、人生を神に明け渡しています。もし、私が主に心から応答するならば、神のことばと、神ご自身と、他者に対して仕えることになるのです。ミニストリーのために必要な態度を身につけるには、イエスのことばを思い出さなければなりません。イエスは言われました。『あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。』(マルコ10章42-44節) まず仕える働きについて本質的なことを理解する必要があります。そもそも、ミニストリーはあなたが仕えられるためではなく、あなたのために人々が給仕するわけでもなく、あなたが牧師だからといって、誉められるためでも尊敬されるためでもないのです。そうではなく、あなたが仕える側なのですから、たとえ無理をしてでもあなたが人々に仕えるのです。」(チャック・スミス著『カルバリー・チャペルの特徴』より)
 
 「『あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。』(コロサイ3章17節) ミニストリーにおいて、これ以上に大切な態度はありません。私たちは主に仕え、働くのです。しばしば人々は私たちの気に障ることをしたり、けっして感謝できないようなことをします。彼らはいろいろと要求するのです。要求するばかりの人々とともにいることは不愉快なものです。あなたが『彼らに仕えなくてはならない。』と思うならすぐに挫折を味わうことになります。しかしあなたが『主に仕えよう。』と思うなら、あなたは仕える働きをこなすことができるでしょう。たとえ、どのような仕える働きであれ、まず最初に主に向かってやらなければなりません。報酬を与えてくださるのは、他ならぬ主ご自身なのですから。けっして人々から賞賛を得ようと思ってはなりません。あなたに『ありがとう、あなたがいてくださるから助かるわ。』と言ってくれるのを期待してはなりません。そんなことはまれだからです。私が人々のために仕えて、仕えたとしても、私が仕えるのを止めてしまうと、彼らはひどい仕打ちで返すことがあります。すべては、主に向かってやるという内なる態度を身につける必要があります。つまるところ、仕える働きとは、主ご自身に仕えるものであることを知ってください。そのとき、あなた自身の報酬を受けるのです。いつでもこのことを忘れてはなりません。私はイエス・キリストの使用人です。主イエスが私のご主人なのです。主こそが、ミニストリーに報いてくださる方です。主の御前に正しい態度をとると心に決めて、人々に仕える必要があります。主のためにやるのです。」(チャック・スミス著『カルバリー・チャペルの特徴』より)
 
 「私たちは、主イエスに対して心に決めて応答し、神の民に仕えるだけでなく、神のことばに対しても心の決めて応答しなければなりません。聖書は、神の霊感によって書かれ、まちがいのない神のことばであることを信じない人がいるなら、その人とミニストリーとは何の関係もないと私は考えます。悲しいことに、現在アメリカでは50%の牧師や働き人が、この基準に達していないと思われます。なぜ彼らは、自分が信じてもいない本から教えるのでしょうか? もし、あなたが聖書は神の霊感によって書かれたと信じるなら、そのままを教えることが義務です。どんな方法であれ聖書を知ってください。そして、聖書に心から応答しなさい。パウロがテモテに言ったように『あなたは熟練した者、すなわち、真理のみことばをまっすぐに説き明かす、恥じることのない働き人として、自分を神にささげるよう、努め励みなさい。』(Ⅱテモテ2章15節) あなたは、聖書をどのような学ぶかについて教えてもらうことはできますが、聖書を学ぶ道のりは、けっして終わりがないのです。私自身、今日に至るまで、神のことばに心から応答することと、神のことばを学ぶことを心に決め続けてきました。それはほかでもない神から認められるためにやっていることのです。」(チャック・スミス著『カルバリー・チャペルの特徴』より)
 
 

   

 


 

 
 <牧仕の妻 Pastor-Servant's Wife
 
 

菊地 有基子(Yukiko Kikuchi

 

 大阪府松原市出身。

 

 通称:「ゆきこ」/「ハニー」(カズがそう呼ぶ)。 

 

 父はキリスト教系異端の元統一協会伝道師。幼少期、母と共に新興宗教「真光」の道場に通ったこともあったが、統一協会を追われた父のすすめで母と共に近所の日本基督教団の教会に通うようになる。その後、スウェーデン・ミッション系の日本福音教会(JEC)の教会に移り、両親共に救われ、自身も十代で受洗し、家族そろって教会生活を送るようになる。紆余曲折を経て、韓国系聖霊派の単立教会、最後はカルバリー・チャペルにたどりつく。現在両親はインターナショナル・チャーチに通う。

 

 OLを経て、1991年、OMの英国にある語学学校に留学し、同年OMの福音宣教船ロゴス(ドゥロス号の姉妹船。2008年に売却され、代わりにロゴス・ホープ号が就航。ちなみに映画「マトリックス」にもロゴス号という船が登場する)に乗船し、中南米諸国を巡航。帰国後、神戸でドゥロス号日本初来航の準備を進めていたカズから通訳奉仕を依頼される。船上での奉仕を通じ、ふたりは婚約。ちなみにふたりが最初に出会ったドゥロス号はギネスブック公認の世界最古の現役客船、兼世界最大の洋上書店で、処女航海で沈没した豪華客船タイタニック号の2年後の1914年に造船された(2009年末に廃船)。

 

 1994年、渡米し、カズが学ぶカルバリー・チャペル・バイブル・カレッジ本校に入学。1997年、卒業式の翌日にカルバリー・チャペルの創立者のチャック・スミス主任牧師の司式により、カズと結婚。ちなみに、ふたりが結婚した1997年に架空の恋愛映画「タイタニック」はアカデミー賞で11部門を受賞し、映画史上最高の興行収入を記録し、ギネスブックに登録された。カズと有基子の船上の出会いから始まったラブ・ストーリーは色あせることも沈没することもない。なぜなら、ふたりはキリストという箱舟に乗船しているからだ。

 

 現在有基子は、MGFの礼拝賛美と、キッズ・チャペル(教会学校)の主事として奉仕するかたわら、牧仕の妻として女性のミニストリーも行なっている。また、当フェローシップはまだ未成熟なので、教会の雑事の多くも彼女が担っている。有基子の協力なしに牧会はとても務まらない。

 

 有基子は以下のような妻。
 

「しっかりした妻は夫の冠…」(箴言12:4)。

「良い妻を見つける者はしあわせを見つけ、主からの恵みをいただく」(箴言18:22)。

「家と財産とは先祖から受け継ぐもの。思慮深い妻は主からのもの」(箴言19:14)。

「しっかりした妻をだれが見つけることができよう。彼女の値うちは真珠よりもはるかに尊い」(箴言31:10)。

「しっかりしたことをする女は多いけれど、あなたはそのすべてにまさっている」(箴言31:29)。

 
 

 
<牧仕の愛犬 Pastor-Servant's dog>
 
スウィーティー(Sweetie)
 
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク オス 9歳
 
 私にとって重要なスタッフ、セラピードッグである。
 
 
 
「正しい者は、自分の家畜のいのちに気を配る。悪者のあわれみは、残忍である。」(箴言12:10)
 
 
<コーギー画像集>
 
 
 
 
牧仕と妻のためにお祈りください。
 
「兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください」(ローマ15:30)。
 
「あなたがたも祈りによって、私たちを助けて協力してくださるでしょう。それは、多くの人々の祈りにより私たちに与えられた恵みについて、多くの人々が感謝をささげるようになるためです」(Ⅱコリント1:11)。
 
「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください」(エペソ6:18~20)。
 
「あなたがたの祈りとイエス・キリストの御霊の助けによって、このことが私の救いとなることを私は知っているからです」(ピリピ1:19)。
 
「目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。同時に、私たちのためにも、神がみことばのために門を開いてくださって、私たちがキリストの奥義を語れるように、祈ってください。この奥義のために、私は牢に入れられています。また、私がこの奥義を、当然語るべき語り方で、はっきり語れるように、祈ってください」(コロサイ2:2~4)。
 
「兄弟たち。私たちのためにも祈ってください」(Ⅰテサロニケ5:25)。
 
「終わりに、兄弟たちよ。私たちのために祈ってください。主のみことばが、あなたがたのところでと同じように早く広まり、またあがめられますように」(Ⅱテサロニケ3:1)。
 
「私たちのために祈ってください。私たちは、正しい良心を持っていると確信しており、何事についても正しく行動しようと願っているからです」(ヘブル13:18)。
 
 

「もし、自分の牧師のことに不満ばかり言い続けているクリスチャンが、人前でそんなことを言うのをやめて、神の前でその牧師のために全力を尽くして祈ってさえいたなら――へりくだった熱心な絶え間ない祈りによって、いわば天の御国を激しく攻め立てていさえしたら――その牧師たちはもっともっと成功していたことでしょうに。」(ジョナサン・エドワーズ=1703―58年。米国最初の偉大な神学者にして哲学者、宣教師にして牧師、偉大なリバイバリスト)

 
 
 
 
 
 
 I Belong to Jesus (animation 1)