「教会には、喜んで何かを行う人々が二組あります。一組は喜んで奉仕に励む人たちであり、他のもう一組は喜んで彼らに仕事をさせておく人々です。」
(チャールズ・E・カウマン夫人)
上記のスケジュールを覚えてお祈りください。
ミニストリー(Ministries)とは?
ミニストリーとは字義通り”仕えること”
「あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい」(コロサイ3:17)。
「このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです。このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです。」(ローマ14:18、19)
「私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。」(Ⅱコリント4:5)
「私は、あなたがたのために神からゆだねられた務めに従って、教会に仕える者となりました。神のことばを余すところなく伝えるためです。」(コロサイ1:25)
「まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」(ヘブル9:14)
「各自が解決しなければならない問題は、もしもっとお金を持ち、時間があり、教育を受けていたとしたら、何をキリストのためにするかということではありません。現在持っているもので、何をするかということです。問題となるのは、あなたがだれで、何を持っているかということではありません。キリストがあなたを支配しておられるか否かということです。」(The Navigators)
【奉仕(ミニストリー)の意味】
「御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき・・・。」
神の召しは、私たちを何か特定の奉仕へと召していくものではない。しかし、私たちは神の召しをそのように解釈してしまう。
それは、神の性質に触れることによって、私たちは神のためにしたいことがわかってくるからである。しかし、本質的に、神の召しは、神の性質の現れである。
そして奉仕は、私の性質に合ったものが目に見える形で現されているにすぎない。私たちの使命は、使徒パウロによってはっきり述べられている。
「異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき」と。
奉仕は、神への献身があふれ出たものである。厳密に言うなら、奉仕そのものに召されるということはない。
奉仕は、私が神の性質に一致されたことの自然の結果である。奉仕は私の信仰生活においては、当然のことである。
まず神は、私をご自分との正しい関係に導かれる。そこで、私は神の召命を理解し、神への愛のために自ら進んでものごとをなす。
これが奉仕である。神に奉仕するということは、神の召命の声を聞いた人の愛のささげものである。
奉仕は、私の性質の現れであり、神の召しは、神の性質の現れである。私が神の性質を受け、神の召命を聞く時、奉仕と献身はともに働くようになる。
神の御子は、私のうちにご自身を啓示される。そして私は、彼への献身のゆえに、日々の営みの中において、神に奉仕をする。
【奉仕(ミニストリー)の秘訣】
「人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり・・・。」
パウロの奉仕観は、主と同じであった。主は言われる。「わたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。」
そしてパウロは言う。「私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。」
牧師として召された者は、他の人とは違う、と私たちは考えてしまう。
しかし、イエス・キリストによれば、牧師とは、他の人々に仕える人のことを言う。霊的な指導者ではあるが、他の人より上に位置するのではない。
パウロの奉仕の原動力は、人々への愛であった。もし私たちが、単に人のために尽くすという考えで奉仕するとしたら、容易に押しつぶされ、悲嘆に暮れてします。あまりにも人々の反応が冷たいからである。しかし、もし私たちの奉仕の動機が、神への純粋な愛から出ているなら、相手にどんな態度をとられようと、奉仕の妨げとはならない。
パウロの、他の人々に対する確固とした奉仕の姿勢は、イエス・キリストが彼をどのように扱ってくださったかを認識したことによる。「私は以前は、神をけがす者、
迫害する者、暴力をふるう者でした。」私が以前イエス・キリストに対して持っていた悪意、敵意に比べたら、人の私に対する態度など問題ではないというのである。
イエス・キリストは、私の卑しさ、自己中心、罪を知り尽くした上で、私に心から仕えてくださった。
このことがわかると、他の人々から受けるどのような侮辱も、主のために人々に仕える私たちの決意を鈍らせることはない。
オズワルド・チェンバーズ
MGFの公的ミニストリー ●MGF PRAYER MEETING(祈り会)・・・毎週木曜日午後1時~2時まで。 ●KOINONIA(コイノニア)・・・ギリシャ語で「交わり(フェローシップ)」の意。聖餐式、祈り、賛美、あかし、分かち合いの時。 ●TITUS2(タイタス・ツー=テトス2章)・・・みことば暗唱と分かち合いの有志の会。
毎週水曜日午後1時~2時まで暗唱した聖句についてみなで分かち合います。
「聖句暗唱ほど、投資された時間に対してすばらし配当をもたらし、みことばをしっかり把握させてくれるものを、私は知らない。」
(国際ナビゲーター創立者 ドーソン・トロットマン) ●SWEETIES CLUB(スウィーティーズ・クラブ)・・・バイブル・スタディーの間の託児サービス及び教会のこども会。教会外活動も行います。
”スウィーティー”とは、英語で愛しい人や小さなわが子に対して用いる愛称。同時に牧仕の愛犬の名。 ●HOME FELLOWSHIP(ホーム・フェローシップ=家庭集会)・・・MGFメンバー宅にて随時開催。牧仕夫妻が家庭訪問もします。 ●イヤリング・ハート・・・MGFの 女性メンバーの集い。不定期開催(現在のところ月1回予定)。 ●MGF WORSHIP TIME (ワーシップ・タイム)・・・礼拝賛美で歌われている曲を中心に集まった者たちと共にいっぱい賛美します。不定期開催。 ![]() |



