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★MGF集会案内(Service Times)

 
 
 
 集 会 案 内 @MGF (◎すべて無料一般公開)
 

以下の集会スケジュールは変更される場合もありますので、MGFの教会スケジュール・カレンダー

にて確認してください。またはメールや電話で直接牧仕まで。どうぞご遠慮なくお問い合わせください。 

 

 

              
 

SON-DAY WORSHIP SERVICE (主日礼拝)

 
「本来、教会は楽しみを供給したり、弱さを励ましたり、自尊心を育てたり、友情を育んだりする場所ではなく、礼拝する所である。」(フィリップ・ヤンシー)

YouTube 動画


 

毎週日曜日 夕方 4:30~
 
合同賛美の時間のあとに「キッズ・チャペル」(幼児~小学生まで)があります。子どもたちには夕食も用意されます(無料)。
 
 礼拝後はTea Time(茶話会)と交わりの自由時間があります。
 
 *第一日曜日は、聖餐式があります。

 *第二日曜日は、「アガペー(愛餐会)・サンデー」礼拝後、Potluck Dinner(持ち寄りの夕食会)を開催します。手ぶらでも参加自由。会費は無料。
 
 ■愛餐会について・・・
 
 MGFでは毎月第二日曜礼拝後、「ポットラック・ディナー」を催している。「ポットラック」とは、あり合わせの料理を持ち寄って行なう会食のこと。米国では教会行事として始まり、一般のコミュニティーでも親睦を図るための手段として定着した。州によってはポットラックに関する条例もあるほどだ。
 
 英語のpotluckは、pot(鍋)luck(巡り合せ・幸運)の複合語である。持ち寄ったpot(鍋)の中にどんなluck(巡り合せ)の料理が詰まっているか楽しみである。もし自分の好物があればluck(幸運)だ。したがってポットラックのメインディッシュは本来、鍋料理である。
 
 ポットラックの米国起源説を唱える人は、「ポットレッチ」という米国北西部太平洋沿岸に住むインディアンの冬の祭りにおける贈物の分配の儀式が元になったと考える。
 
 一方で、英国起源説の提唱者は、「ポットラック」という言葉が1592年(文禄の役=秀吉が朝鮮に出兵した年)の英国の文献に初めて言及されている点を主張する。そこには、“ポトフ”(牛肉の塊と野菜に香草の束等を加えて長時間に煮込んだフランスの家庭料理で、汁はスープとして、具はからしを添えて食べる)に似た料理を“ビュッフェ式”(各自が取って食べるセルフサービス式食事)で食べるようなものと説明される。当時の貧しい農家では、夕食の調達もままならず、その時々、たまたま家にある食材をまとめて鍋で調理し、残り物を暖め直して何日も食べた。正に巡り合せの食事であった。
 
 しかし、教会のポットラックに関してはエルサレム起源が定説である。AD32年5~6月、エルサレムに初めて教会が誕生した。この初代教会は「毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた・・・」(使2:46,47)彼らは毎日、信者の家に集い、神の家族として会食した。それは後に「愛餐」(ユダ12)と呼ばれる。
 
 愛餐の原語は自己犠牲的、非打算的な愛を意味するアガペーの複数形“アガパイ”である。したがって、原意は“愛を食べること”。愛餐は、キリストの愛を食卓において分かち合い、互いの愛と一致を確認すると共に外部に証するものであった。裕福な信者らが備えた持ち寄りの食事を、身分や貧富の差、文化の違いを越えて一家族として鍋をつつく。それは単なる親睦の会食に留まらず、教会内の社会的弱者に配給する福祉活動も伴った(使6:1,2)。施しの精神は敬虔なユダヤ人信者の影響を受けた(エペ4:28)
 
 教会草創期は、愛餐と聖餐式はセットで行なわれていた(Ⅰコリ11:17~34)。時折、愛餐が単なる宴会騒ぎと化して、聖餐を軽んじる問題も生じたが、使徒たちにより厳しく戒められ、愛餐の習慣は連綿と受け継がれた。
 
1~2Cの使徒教父文書によれば、愛餐は食事と共に貧者や孤児、病人や囚人等の為の義援金集め、聖書朗読、祈祷等が含まれる重要な教会活動であった。ところが、迫害期にローマ帝国の官憲から政治的秘密結社の集りという嫌疑で弾圧され、4Cには愛餐の習慣は教会から途絶えてしまう。愛餐の消滅は主イエスとの親密な交わりの喪失を意味した。
 
 教会の戸の外に追いやられた主の言葉は傾聴に値する。
 
見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする」(黙3:20)
 
主は罪人と喜んで食事を共にし、弟子たちとの食事を楽しまれた。主はポトラックを愛されたのだ。食卓の団欒は主と教会の一致の手助けをする。ポットラックの真の目的が主イエスの臨在を共に味わうものならば、それは確かに礼拝の一部であると言えよう。
 
<2005年3月13日 MGF週報より 筆:菊地一徳>
 
 「真の説教があれば人々は必ず礼拝に来る」 
「ある人は、自分が神について話をし、神を信じると告げ、時たま礼拝に行くからといって、 自分は神を敬う人間だと考えている。
だが、本当は何らかの地上的な事物のために生きている。そうした人の暗さはどんなであろう!」
(D・M・ロイドジョンズ)
 
 
 
   
 
*毎月1回午前の特別礼拝案内
2月26日(日) 午前10:30~12:00 SON-DAY MORNING WORSHIP SERVICE  主日午前礼拝
        午後12:00~      LUNCH & FELLOWSHIP  昼食(無料)/交わり


 

「人々は奉仕を大きく重んじるが、礼拝を小さいことと思う。私たちの周りには多くのマルタが騒いでいるがマリヤは捜しにくい。
私たちは絶望的にプログラム化された時代に生きている」(ジョン・マッカーサー・ジュニア 1939年~ 米国の牧師)。
 
「礼拝とは私たちの本性すべてを神に従わせることである。神の聖さによって良心を再生させること、神の真実で精神を養うこと、
神の美しさによって想像力を浄化すること、心を神の愛に向かって開くこと、意志をみこころに屈服させること
――これらすべてを集めて讃美を捧げることです。讃美は私たちの本性ができる無私の情動だから」
(ウィリアム・テンプル 1881~1944年 カンタベリー大主教)。



 

WEEKLY BIBLE STUDY (聖書研究会)

  
 
 
 
牧仕が、聖書各書を連続講解・注解スタイルで1節ずつ、1語ずつ懇切丁寧にたっぷり教えます。
 
 他教会の会員でも、無所属でも、クリスチャンでない方でも、聖書の学びを通してイエス・キリストを個人的に知りたい方に開かれた集会です。
 飛び入りも、単発的参加も歓迎します。
 

★ 水曜日 14:00〜 : 詩篇33篇講解終了

★木曜日:不定期の集会あり(MGFの教会スケジュール・カレンダーを参照)

★ 金曜日 14:00〜 : ピリピ書講解スタート

★ 金曜日 20:00〜 : イザヤ20章講解終了

   
 
 
 ・各スタディーの学びの前には、ショートタイムの賛美と祈りの時間があります。
 
 ・学びの後は、自由参加のフェローシップ(Tea Time、交わり、あかし、分かち合い、聖書や信仰に関する質疑応答の時間)がたっぷりあります。また祈りのリクエストがあれば、スタディー・グループと共に祈ることもできます。
 
 ・(水)午後と(金)夜は、学びの後に「聖餐式」があります(クリスチャンなら誰でも参加できます)。
 
 ・(水)午後と(金)夜には「チャイルド・ケア」(幼児~小学生対象の託児サービス=「スウィーティーズ・クラブ」)があります。
 
 
 
 
 
「パンや米は他の者がそれを与えることができる。しかしもし教会が神の御言葉を与えなければ、だれがそれを与えるのか?」
(R・L・ブリュックベルジェ 1907~1998年 フランスの神父・作家)。
 
「真に心の糧となるためには説教はただ人好きのする美食であってはならず、また粗食が過ぎて食欲減退、栄養失調となるものでもいけない。
真に滋養になるものが必要である」(松雄造酒蔵 牧師)
 
 
 


 MGF祈り会Prayer Meeting
 
    
 
 
  毎週木曜日 午後1時~
 
*その他、各バイブル・スタディーの前後に随時祈る時間があります。
 *早天祈祷を希望される方はお問い合わせください。
 

「ペンテコステの日から今日まで、どこの国でも、それがたとえ2,3人によってなされた祈りであっても、一致した祈りが原因で起こらなかった大いなるリバイバルはなかった。
どんな素晴らしい働きであっても、祈祷会が後退してもなお続いたという例はない」(A・T・ピアソン/牧師)。

「教会の状態は、祈り会を見れば実に正確に判断できる。即ち、祈り会は恵みの尺度であり、それによって我々は、人々の間で働かれる神のみわざの偉大さを計り知ることができる。
もし、神が教会に近くおられるなら、教会は祈るはずであり、近くおられぬなら、神不在のしるしとして、まず祈らなくなる」(チャールズ・ハッドン・スポルジョン)。

「祈りは天に積まれた資本であって、キリストはこれによって地上の事業を経営される」(E・M・バウンズ)。
 
「今日の教会では、祈り方についてではなくまず祈りの必要性についての教えが必要な有様である」(ニッサのグレゴリウス)。
 
God Answers Prayer  
 
And Satan trembles when he sees, The weakest saint upon his knees.
--William Cowper (1731~1800年。英国の詩人、聖歌作家)
 


 
           ★     コイノニア(Koinonia)    ★          
 
 コイノニアとは「交わり(フェローシップ)」を意味するギリシャ語です。
 聖餐式、賛美、祈り、あかし、分かち合いの時を神の家族とともに自由に楽しむひと時です。
 
「彼ら〔初代教会〕は使徒たちの教えを堅く守り、交わり〔コイノニア〕をし、パンを裂き〔聖餐式〕、祈りをしていた」(使徒2:42)
 
不定期:月1回以上(MGFの教会スケジュール・カレンダーで確認ください)


『キリスト信徒の交友』(内村鑑三)

私達は利益を語らない。天国を語る。私達は相互の上に立とうと思わない。その下に立とうと思う。
私達は、徳を競わず、罪を自覚して相譲る。私達は、敵に勝ったと言って喜ばず、自己に勝ったことを誇る。
私達は酒を飲まず、聖霊に酔う。私達は美食に飽(あ)かず、聖書を咀嚼(そしゃく)する。
私達は壮語せず、互いに相祈る。何とうるわしいことか、この交友は。あたかも天のそれのようだ。

 
 
※上記の集会に参加ご希望の方は、急遽スケジュールの変更・キャンセルもありますので事前に電話もしくはメールでお問い合わせください。
 
 また、上記以外の教会訪問・牧仕および牧仕の妻との面会には、アポイントが必要となります。MGFの教会スケジュール・カレンダーをご確認の上、お気軽にご相談ください。